
頑張って生きようとしたこと
生きていると 楽しいこともあり
イヤになっちゃうこともあるものです。
傷つけられるような出来事があったり
胃が痛くなるようなことがあったり
心にダメージを受けたりして
余裕がなくなると
元気よく前向きに生きることが
難しくなりますよね。
それでも頑張って生きようとすると
逆に死にたい気持ちになってしまったり
するかもしれません。
そこで忘れたくないのは
頑張って生きようとしたこと
その想い。
あきらめずに頑張ろうとした想い
前を向こうとした自分のこと。
そんな自分を称賛することに
目を向けていくといいと思います。
その想いに。
よく成功している人ほど
お金より時間のほうが貴重だとか
大事だと 言っていますが
聞いたことはないでしょうか?
お金を手にしてみるとわかる
もっと大事な価値。
しっかり手にしていないと
わかりにくかったりも
するかもしれないけれど
すべてを平等に見ることができたとき
人にとっての価値は
だいたい同じものになり
時間は 誰にとっても平等に流れ
価値あるもの。
自分をリスペクトすること
では 時間より価値があるものは?
きっと
命だと思うのです。
それは つまり 生まれた瞬間に
もうすでに価値があるということ。
それが時間の流れの中で
お金の問題の中で
ほかの命ある人間との関係の中で
尊い命を持つ自分の価値
一番近くにありすぎて
一体になりすぎていて
生身の自分は肉眼で見えないし
心は感じる分量が大きいだけに
客観視するようには感じられなくて
まったく自分のこと
自分の価値が
わかりにくかったりするものです。
褒められたことも
優しくされたこともあるのに
絶望的な気持ちが念頭にあると
ポジティブなほうには
なかなか意識が向かず
希望なんて感じられなくて
生きるという現実が
ただただツラくて苦しくて。
頑張りたいのに頑張れなくて
頑張ってみたら疲弊するだけで
心の行き着く先は
死にたいという選択に
なってしまうことは
もしかしたら自然な流れなのかも
しれないけれど
それは決して自然なことではない。
そんなことはわかっていても
乗り越えられない壁じゃなくて
もう乗り越えたくもない壁に
なってしまっていたとしても
頑張ろうとした自分
前を向こうとした自分
生きようとした自分
そんな自分を尊いと感じることを
忘れちゃいけない。
悲惨な心の状態でも
そんな気持ちになっていた
そんな自分をリスペクトして
生きていて良かったと思えるまでは
死にたい気持ちは
少し先延ばしにして
延ばし延ばしで
けっきょく生きるのかって
自分に突っ込める日がくるまで
自分の良いところに
気持ちを集中させてみると
なかなか良いヤツじゃないかと
ジワジワ感じてきたりするものです。
時間がかかる人もいるかもしれない
自分で自分をリスペクトすることが
難しいと感じる人もいるかもしれない
それでも やっぱり自分だから
言ったって自分なわけだから
誰よりも自分の良いところは
知っているものです。
良いところが見つからないのは
良いところだと思えていないだけで
自分にとって あたりまえすぎて
何てことないように思ってしまって
いるだけなのです。
当たり前すぎる自分の良さ
死にたいのに
生きようとしただけでも
その状態で頑張っただけでも
凄まじく凛々しいわけで
あたりまえのように流れる時間のように
よくやった自分の行いも
流れていって見えなくなって
でも 本当は流れていないから
あたりまえみたいなことが
価値あることだったり
尊重できるところだったりするのだと
今からでもいいし 後でもいいから
意識してみたらどうでしょうか。
みんな違う人間だから
みんな違うやり方があって
みんな違う価値がある
誰かのように出来ることや
誰かのような結果なんて
考える時間があったら
自分がしてきたこと
自分ができたこと
心が冴えないながらも
今日という日を生き抜いたこと
それって なかなか
いいんじゃないかと
自分を尊んでみようって
少しずつでいいので
意識を向けてみてはどうでしょうか。
今この瞬間に 命があること
それが自分をリスペクトするうえで
何よりもの証明になると思います。